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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)606号 判決

控訴人(原告) 衛藤国芳

被控訴人(被告) 清川村長

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人前身旧白山村長が控訴人に対してなした昭和二十九年十一月五日付控訴人の白山村選挙管理委員の職を免ずる旨の懲戒処分は、之を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人に於て、控訴人が本訴に於て被控訴人の行政処分の取消を求めているのは、日本国憲法の保障する控訴人の基本的人権が、被控訴人により侵害されたことを理由とするのであつて、之により控訴人が旧白山村選挙管理委員会の地位を回復するのもその一つの目的ではあるが、それより寧ろ、右不当、違法の処分により傷つけられた控訴人の人格、名誉、法的感情及び矜持を回復せんとするものである。若し本件懲戒処分が取消されないとしたならば、控訴人は終生その人格、名誉を傷つけられたまゝ、之が回復出来ぬ悲境に沈み苦しむことになるのであるから、現在に於ても右不当違法な処分の取消を求める利益は十分に存するのであつて、この点を看過した原審は所謂斬捨御免の思想を支持すると同じく、日本国憲法の庶幾する専制と隷従、圧迫と偏狭を地上より除去しようとする精神に反するものである。と陳述する外、原判決事実摘示と同一であるから、これをこゝに引用する。

理由

当裁判所は、原判決の説示するところと同一の理由により、被控訴人が本訴を不適法なりとする主張は、理由がないが、本訴は訴の利益を欠くものとして棄却すべきものと判断するから、原判決の理由をこゝに引用する。

控訴人は「本件処分により傷つけられた控訴人の名誉、人格及び矜持を回復するため、なお、本訴について訴の利益を有する。」と主張するが、訴の利益というのは、当該訴の訴訟物たる権利又は法律関係の存否確定という客観的、法律的利益を指すのであつて、右権利又は法律関係の存否の確定により招来せらるべき主観的、感情的若くは経済的利益などを含むものではない。この見地よりすれば、本訴に於ける訴の利益というのは、本件行政処分の取消により、控訴人が現在なお旧白山村選挙管理委員たる法律上の地位、ひいては、互選による清川村(旧白山村、旧牧口村及び旧合川村との合併により新たに設置せられた村)の選挙管理委員となるべき可能性ある法律上の地位を有することをいうのであつて、右の如き法律上の地位は、既に、今日にあつては、本件行政処分を取消すことにより回復し得べきものでないことは、前記引用の原判決の説示により明らかであるから、右処分取消の理由たる不当違法の点につき、実体的に審理する迄もなく本訴は、訴の利益なきものとして棄却すべきものである。控訴人のいう本件処分の取消により回復せらるゝ控訴人の毀損せられた人格、名誉、矜持等はいづれも本訴に於ける訴の利益とは言難く、之が法律上の保護、回復を求むるには別個にその途が開かれているのであつて、別訴によるべく、控訴人の主張は採用することが出来ない。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、之を棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 高次三吉 佐藤秀)

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